2025年には3人に1人が65歳以上、2040年には現役世代1.5人が高齢世代1人を支える社会に――。まもなく訪れる超少子高齢大国・ニッポン。この危うい状況下に置かれているのが日本の医療業界だ。 医療業界を取り巻くあらゆる課題を解決しようと、数年前から次々とスタートアップが参入するなか、この領域を牽引しているのが2004年に創業し、2014年に上場したメドピアだ。現役医師である代表・石見氏率いる同社は「集合知により医療を再発明する」をビジョンに、医師や薬剤師などの医療従事者と個人向けのヘルスケアの両方をサポートしている。 具体的にどんな課題をどのように解決し、現社会そして未来に貢献しているのだろうか。執行役員・経営企画部部長/公認会計士の平林利夫氏に話を伺った。
情報格差をなくすため、正しい情報をダイレクトに伝える
—— 日本は超高齢化社会の到来により、医療の領域で多くの課題を抱えています。そのなかで、メドピアはどのような課題を解決しているのでしょうか。
医療業界はたくさんの課題を抱えているといわれていますが、一番の課題はそれらを解決するためのソリューションが確立されていないことだと思っています。加えて、世の中の関心がまだまだ低いこと。
糖尿病にならないために生活習慣を見直さないといけないとわかっていても、病気の予防や健康に対してお金を使ったり、行動を起こしたりする人は多いとは言えません。この状態を根本的に変えていくには、情報の非対称性や意識・教育の格差をなくすとともに、「当たり前」を変えていく必要があります。
いくら意識改革が必要だと言っても人の行動を変えるのは簡単ではありません。ただ、電車に乗る際に IC カードやスマホをタッチして改札を通るのが当たり前になったように、「それを使うのが当たり前だ」と人々が受け入れる方法で、正しい情報を浸透させていく必要がある。
そうした課題解決のためにメドピアでは複数の事業を展開しており、その一つが一般の人向けにオンラインでいつでも医師に健康・医療相談ができる「first call」です。
これは、何かを調べたいと思ったら Google で検索するのと同じように、健康に関して困ったことがあったら、チャット形式のやりとりで気軽に医師に相談できるサービス。医師と直接対話ができる、もしくは医師が書いた記事など正しい情報を届けることで、情報の非対称性をなくそうとしています。
—— たしかに、気になることがあってネットで調べても、何が正解かわからないケースはよくあります。
そうなんです。first call は医師が実名で顔を出して回答するので、信頼できる情報を短時間で得られるんですね。
たとえば以前、夜中に「子どもが、足が痛いと泣いているけれど、病院に行った方がいいでしょうか」という相談がありました。すると医師から、「それは成長痛の可能性が高いから、2週間くらい痛みが止まらなかったら病院で診察を受けてみてください」と回答が得られて、翌日親御さんは安心して仕事に行けたそうです。
ネットで検索して怖い病気の可能性が書かれた記事が目につき始めたら、安心して仕事に行けなかったでしょうし、情報に溢れている中で何が正しいのかも判断しかねたでしょう。
—— 病院に行った方がいいのか判断できない状況のときに聞けるのはいいですね。
「病院に行きなさい」と医者に言われたら行く人がほとんどだと思います。なんとなく気になっていたけれど、病院に行かなかったことで重症化することもあって、それを未然に防げるならば有益なはず。first call は、何か不安なことがあった際に闇雲にネットを検索するのではなく「まず相談してみよう」という世界を実現できるサービスなんです。
それだけでなく、病院に行くべき人が行き、行かなくていい人は行かずに済む社会になれば、医療費削減はもちろん、医者の時間・病院での待ち時間なども適正化されていくと考えています。
医療の現場にも存在する、情報の非対称性をなくす
—— first call ができたのは、メドピアが創業時から構築してきた全国の医師ネットワークがあったからこそでしょうか。
そうです。これは現役医師でもある代表・石見の実体験なのですが、医師の世界でも情報の非対称性が存在しているんですね。それを解決するために、医師がオンラインで臨床経験を情報共有する医師限定プラットフォーム「MedPeer」を作りました。
そもそも開業医でも大学病院に勤める勤務医でも医師は孤独で、医師会や学会、講演会など知見やナレッジを共有する場はあるものの、その場が限られていることは非対称性を生む一つの要因だと思います。つまり、自分が属する病院以外のルールや仕組みを知る機会は、それほど多くはない。
だけど、MedPeer によって所属や場所などの垣根を越え、今まで触れていなかった情報に触れられるようになると、医師の行動が変わることがあるんです。たとえば、それまで処方したことのない薬でも、他の医師の評価を見て安心して処方できるようになることも。
この MedPeer というプラットフォームを地道に構築してきた結果、現在、医師ネットワークは全国で 12 万人にまで拡大。それが、BtoC 向けのサービスを展開するために必要な一つの要素になっています。
医療業界を外からではなく、中から変えていく
—— FinTech によって金融業界が変わったように、ヘルステックによって医療業界も変わっていくと思いますか?
人の命を扱う重いテーマだから慎重になると思いますが、日本社会が抱える超高齢化社会や社会保障制度問題の解決は、待った無しの状態。
だからこそ、医療人でもある石見率いるメドピアが、医療業界を“中”から変えていく。変化は緩やかかもしれませんが、メドピアが「ある世界」と「ない世界」では未来が全く違うような結果を出したいと思っています。
—— 急激ではなくても、振り返ると変わっていたことがわかる世界観。
そうですね。ヘルステックの領域も広いので、たとえば BtoC の領域は急激に変わってもいいはずですが、より中心にある「医療」の領域はそうはいきません。だけど、「医師の集合知」であるプラットフォームを作り上げた我々だからできることがありますし、それを実現させる「使命」すら感じています。
実際、石見が医師として臨床の現場に立ちながらメドピアを上場させた時よりも、今は医師の創業者が増えていると感じています。メドピアと同じように中から変えていく会社が増えれば、より社会は変わっていくはず。医療業界の革命や法の改正にもつながるかもしれません。
できることを少しずつ積み重ねながら、当社の事業を通じて医者が理想的な医療を提供するとともに、個々が自分の健康を体感できる世界、まさに「Supporting Doctors, Helping Patients」を実現させたいと思っています。
目指すのは、100 年成長し続ける会社
—— 医療業界を変えていくために、これからどんな組織を作りたいですか?
私が考えているのは、「100 年成長し続ける会社」を作ることです。「100 年」ということは、2世代、3世代に引き継ぐということ、また 100 年存続するだけでも難しいのに「成長し続ける」というのは更に難しい。その基礎を作ると考えると、とてもワクワクするんですよね。
実現のためには、新しいことを取り入れる柔軟さと、永続させるための仕組み化、そして作ったものをいつでも壊せる体制のバランスが必要だと思っています。
理想を語るのは簡単ですが、それを実現するのは並大抵ではなく大変だということも心得ています。ただ、私がメドピアにジョインした7年前からこれまで、紆余曲折はありながらも成長し続ける組織の基盤を作ってこれたという自負もある。
7年前から比較をすると、社員数も売上も利益も、ものすごい勢いで伸びているのですが、この勢いに耐えるだけではなく、勢いを後押しするような組織作りを常に目指しています。
—— 100 年先を見据えた行動を取るのは、難易度が高いですね。
1年後の世界もわからないですからね。ただ、わからない中でも 100 年成長し続ける会社を考えるのは面白い。目の前のタスクをただこなすのではなく、今自分がやっている仕事が将来の何につながるのかを考える。どんな理由で今何を選択するのか、その積み重ねが未来をつくっていくと信じています。
創業以来、事業領域を広げながら成長を続けてきたメドピアは、実績や医療業界に構築した信頼関係から、いま最も業界を変えられるポジションにあると思います。
一方で、ヘルスケア領域は一社で変えられるものではありません。当社もすでに大企業との協業実績は複数ありますが、これからもいろんな会社と協業しながら医療業界と人、社会に“三方良し”の状態を作り、すべてのステークホルダーに応援されながら 100 年成長し続ける会社にしたいと考えています。
100 年先の人類に貢献できる仕事をしたい
—— これから平林さんがやりたいことは何でしょうか。
いつか自分の死に直面したとき、メドピアで自分がやってきたことは間違いではなかったと思う仕事をしたい。自分だけでなく、家族を救えた、誰かに喜んでもらえたと実感できる場面をたくさん得たいと考えています。それが、ヘルスケアに携わる最大の意味。
そもそも私がメドピアにジョインしたのは、自分の子どもに自信を持って言える仕事をしたいという思いがあったからなんですね。
世の中には、生活や仕事を便利にするサービスはたくさんありますが、人の人生に貢献できるサービス、100 年先の未来に遺していくビジネスに携われる領域は、そんなに多くないでしょう。
だからこそ私はメドピアで、自分の人生をかけていいと本気で思える仕事、後世に自信を持って遺せるビジネスをやり続けたいと思っています。