物を作れば売れた時代は終わり、既存業界は顧客視点を持つ新しいプレイヤーにディスラプトされるようになってきた。さらに人口減少による労働力人口減少も加速し、かつてのように大量採用は見込めない。こうしたなか、喫緊の課題として叫ばれているのがデジタルトランスフォーメーションだ。しかし、あらゆる業務を可視化してビジネスモデル変革をしなければ生き残れないにも関わらず、日本ではほとんど進んでいない。この現状に違った視点から警笛を鳴らしているのが、フューチャー執行役員 テクノロジー&イノベーション担当の宮原洋祐氏だ。この問題は企業経営者に対して向けられがちだが、宮原氏はエンジニアを取り巻く環境や意識改革もすべきだと言う。いまエンジニアやIT技術者は何をすべきなのか。お話を伺った。
日本は、技術者に対する“人月”の考えを壊す局面にある
—— 企業のデジタル化によるビジネスモデルの変革は喫緊の課題ですが、一向に進んでいません。一番の壁は何でしょうか。
まず挙げたいのは、エンジニアやサイエンティストを含めた IT 技術者を取り巻く環境が変わらないことです。今までの IT 産業は “人月”という考えが強くあり、1人がどれだけ働くかという時間を尺度に、仕事の大きさと価値を測ってきました。「人」と「月」を交換できる前提で成り立った考え方は、言い方を変えれば時間を売っていることと同義です。
だけど、IT 産業がエンジニアリングの世界からサイエンスの世界に変わり、問題の解き方が大きく変化した今、ここに人月の考え方は合いません。
しかし、人月単価の世界で生きてきた技術者や経営者は、なかなかその考えから離れられないのが現状。さらには、その世界で頑張ってきた技術者のレジェンドたちが、変化を阻んでいるように思うんですね。
間違いなく、10 年 20 年とキャリアを積み上げてきたレジェンドたちを、若い人たちが一気に追い越すタイミングが来ます。今までの常識が明日には非常識になり得る技術の転換期だからこそ、技術者には自分を疑って昨日までの自分を捨てる覚悟が必要。僕は今が、日本社会から人月の考えを壊してなくすタイミングだと思っています。
—— 社会と技術者の両方で意識改革が必要だということですね。その点、フューチャーはどのような意識改革をしているのでしょうか。
フューチャーは創業以来、エンジニア組織にヒエラルキーを一切作っておらず、過去の経験値や年次に影響されないチームを組んでいます。実力主義なので、入社 1 年目でも実力があればリーダーになってもらう。これを後押ししているのは AI や IoT などの新しい技術です。
若い人たちにとっては当たり前の技術でも、レジェンドたちにとっては、今までの文脈になかったもの。ただ、人月で価値を積み上げられなくなることに対して意識改革は必要ですが、コンピューターサイエンスを支えるメカニズムは普遍的です。だから、これまでの経験を生かしてブラックボックスを排除し、いかに今の技術に応用できるかという考え方にシフトしています。
変革とデジタルの価値を伝え、説明責任を果たす技術者へ
—— 技術的問題は超えられる壁であっても、人間の意識を変えるのは簡単なことではなさそうです。
そうですね。企業と技術者の双方で意識を変える必要があるので、一朝一夕で変えるのは難しいと思います。人月の考え方が当たり前になった背景には、日本社会に根付いている製造業の文化があります。稼働すればしただけモノが作れて利益につながるから、製造物の価値の評価軸が積み上げ型の人月になることは必然な流れです。製造業の発想は金型さえ作れればあとは大量生産なので人月であることは間違いありません。一方でソフトウェアはいつでも書き換えられるしアップデートが可能である点が根本から大きく異なります。エンジニアが人件費というコストでしか扱われないままなのは製造業的発想が根底にあるのだと思います。
それから製造業の発想からきている「発注者と請負者」の考え方も、変える必要があります。
先日、フューチャーを退職して1年後に出戻ってきた社員から「1年別の仕事をして帰ってきたら、受け身になっていた」と言われました。戻ってきて初めて「言われた仕事をやる人」になってしまったことに気づいたと。
これは、発注者から言われたものをつくる請負者の関係になっていたからであり、IT を発注する側と請負う側に分かれている受発注の考え方が社会に根強く浸透している証拠だと思いました。企業も技術者も従来の関係性から脱却してエンジニアの価値を再定義するために、エンジニアを「人件費」というコストとして考えるのをやめるべきです。
そうしないと、世界的にも圧倒的に見合う報酬を得ていない日本の技術者が、海外に出てしまう動きは加速してしまうでしょう。
—— 技術者はどんなことで価値を発揮すべきでしょうか。
技術的難易度や先進性を追求するよりも、企業の根幹やビジネスモデルを紐解いて本質的な課題を見つけ、それを解決するための方法を考えることに価値があります。よく「IoT を導入してデータをデジタル化し、それを AI で解釈したら新たなビジネスが生まれる」ということを謳う過大な誇張広告を見かけますが、そんな綺麗な話はありません。
効率化や省力化を目指し、短期的な収益を求めて IT 投資をするケースはとても多いのですが、本来やるべきは肉体改造です。IT 投資によって今までわからなかったことを明らかにして、それに対して手を打っていく。何かしらのツールを入れて部分最適しても、短期的視点ではリバウンドします。
だから、変革の意義やデジタルの本質的な価値を正しく、根気強く伝え続け、クライアントの社員に密着してあらゆる業務を理解し、何が無駄でどうすれば現状が変わるのかを語り続ける必要がある。こうした泥臭いことをして初めて技術は生かせます。
技術者がプログラマーとして人月の世界で生きる選択をしたいなら別ですが、説明責任を果たせるエンジニアやサイエンティストのほうが圧倒的に価値は高いので、日本にそれを目指す人が増えるといいですね。
先端技術はコモディティ化する。最先端は摩擦から生まれる
—— フューチャーにはヒエラルキーがないとのことでしたが、他にも技術者が働く環境として良い点はどこにありますか?
人と技術の「摩擦」があることです。ありがたいことに、毎年1歳ずつ平均年齢が下がるほど若い人がたくさん仲間になってくれているので、新しい技術や考え方を持つ若い人と経験値を積み上げてきたレジェンドの間で起きる摩擦が、良い化学反応を生んでいます。
技術面でも、大規模で古いトラディショナルな技術や世界に違和感を覚えた人と、IT 系の事業会社でビジネスや技術が偏ってしまった人の両方が集まっています。前者はリアリティがあるけれど古くて硬く、後者は新しい技術だけどリアリティは少ない。
いつの時代も、こうした相反する 2 つがぶつかることで“最先端”は生まれてきました。最先端技術はいずれコモディティ化しますが、解く問題が難しくなればなるほど、それらの技術を応用して変化し、最終的に採用された技術が最先端になる。
たとえば、佐川急便さんの場合は、フューチャーの技術者も制服を着てドライバーさんの後ろに乗り、1日中ついてまわりました。そこで見つけた課題は、ドライバーさんが当たり前のように使っていた大きくて古いデバイス。これが作業を非効率にさせていました。だけど、そのデバイスを単にスマホに変えれば解決するわけではありません。
雨でも風でも台風でも壊れず、通信環境が悪い中や過酷な場所でも、省電力で長時間使えて、ネットワークが通じなくても稼働できるデバイスやアプリとは何か。すると必ずしもスマホだけで考えることが最適解ではないですよね。現場を理解して最適解を考え抜いて実装する、それがすなわち最先端技術になる。
だから、フューチャーは常に難しい課題を揃えて、先端技術が生まれる摩擦の中心に居続けたいと思っています。
オーダーメイドではなくセルフメイド
—— ビジネスを知って、根本から変えていく。今までイメージされていた技術者とは違う印象を持ちました。
それがフューチャーの存在価値だと思います。エンジニアとコンサルタントをわけていないので、エンジニアでも最初に実行するのはお客様のビジネスをお客様以上に理解することです。
ドライバーもそうですし、コンビニ店員や回転寿司の店員などお客様の業務を経験しながら、そこで使われている IT システムやビジネスを徹底的に調べます。一定期間を過ぎると、お客様よりビジネスを知っている状態になることも多いんです。
そうしてビジネスを理解した上でお客様と会話をするので、短期的な収益を考える PL 思考ではなく、将来的な利益を考える BS 思考で経営視点を持って対等に話ができるようになります。
お客様に求められたオーダーをメイクするのではなく、お客様にとって一番いいものを提案して作る、セルフメイドのスタンスを持つのがフューチャーの技術者たち。安易に AI や IoT などの技術を使うことを目的にするのではなく、抜本的な肉体改造をしています。
技術や事業を限定しない、プロジェクト型の仕事をすべき
—— 世の中のエンジニアは、早急に発想を変える必要がありますか?
いえ、まずは会社が変わってカルチャーを変えていくことが先だと思っています。
企業内に IT 部門を持つ内製化の動きはブームのようになっていますが、経営者がデジタルの本質や技術者のことを本当に理解していないと、結局のところ外注をコントロールするだけの部門になってしまい、個人や組織にスキルやノウハウが残らないという事態になりかねません。
一方で、ベンダーにも採用できる技術に制約があり、事業領域まで手を出せないジレンマからキャリアに限界があるので、ベンダーに人材が集まるわけでもない。これからのエンジニアは、プロジェクト単位でいろんなエンジニアと連携しながらオリジナルなキャリアを描くのが主流になると思うんですね。しかも、いずれ役割がよりセパレートされなくなると思うので、BtoB や BtoC、AI や IoT など何かの領域に特化していると危険です。
プロジェクト型で自由度があって、技術的制約がなくて特定の事業領域に限定されない環境。これはまさにフューチャーなのですが(笑)、エンジニアはそういう環境に身を置くべきだと思っています。
それからもうひとつ、エンジニアや IT 技術者に伝えたいのは、世の中の不合理をもっと理解してほしいということ。たとえば、銀行はなぜ 15 時に窓口が閉まるのか、なぜ土日はやっていないのか。そこにはどんな制約があって、社会のどんなボトルネックになっているのかなどに気づくことはとても大事です。
日本特有のレガシーの存在に気付いて壊すことが、世界に対して日本の存在価値を出すことにつながります。当たり前を疑い、制約や法律、社会通念上の問題などを理解した上でテクノロジーを駆使して臨んでいけば、やるべきことは何かが見えてくる。そういったエンジニアが増えることが、日本社会をより良く変えていく近道になると思っています。