ソフトウェア領域は世界で指数関数的な進化をし続けているが、日本企業は大幅に遅れをとっている。この現実に警笛を鳴らすのが、ビジネスチャット領域で国内利用者数No.1*のChatwork執行役員兼開発本部長の春日重俊氏だ。 技術の進展によって人の生活は大きく変わり、また開発環境もどんどん変化しているが、世界に存在感を出している日本企業やサービスは圧倒的に少ない。この状況を打破するためには何が必要なのか。春日氏に話を聞いた。
20 年で激変した世界と開発環境
—— インターネット普及率が 6 割を超えた 2003 年以降、世界の進化は指数関数的で人の生活もガラリと変わりました。開発者を取り巻く環境はどのように変化したのでしょうか。
僕が新卒で社会に出た 2003 年は、Java のフレームワークである「Struts」やオープンソースの「Seasar2」などが出てきた頃で、それまでの“システムインテグレーションの会社による車輪の再発明”からパラダイムシフトが起きたタイミングでした。
2010 年代に入るとソースコードをレビューし合う GitHub やクラウドが浸透。今までは物理的なサーバーが必要だったのがボタン一つで仮想化が実現し、Web システムの会社はクラウドありきで開発をするようになりました。
最近ではメガバンクや国防総省もクラウドサーバーを採用するなど、少し前までは考えられなかったような変化が起きており、これはすべての産業に影響を与えています。
ただ、こうして大きく変わっていくなかで危惧すべきは、世界と日本で差がどんどん開いていること。ソフトウェアの世界で、存在感を出せている日本企業はほとんど皆無ですし、開発手法も残念ながら日本初ではなく海外からの輸入ばかりです。
1990 年代後半は、FeliCa チップを搭載した「おサイフケータイ」や、エッジの効いた「ニコニコ動画」といった、日本が先行するサービスがあったのに、現在は海外が先行する構造になってしまいました。
多国籍かつ多様な価値観を許容する組織にアップデートする
—— 日本は高度経済成長期の大量生産・大量消費の成功体験が強すぎて、変化できなかった背景があると思います。
このままでは、どんどん日本は引き離されるかもしれません。今、訪日外国人が右肩上がりで増えていますが、それは日本が貧しい国になりつつある証拠だと思うんですね。
バブル崩壊から「失われた 30 年」と言われますが、経済が停滞した日本は賃金も物価も上がりませんでした。結果、物価が高い先進国のイメージが薄まって、訪日外国人が増えているのではないかと推測しています。
超高齢化や人口減少など、世界でも最先端の社会課題が山積みの日本だからこそ、今変わらないとまずい。もっと危機感を持って変わるべきだと考えています。
—— 何をどう変えたら、日本の未来につながると思いますか?
壮大なテーマですが(笑)、一つ言えるのは、日本で成功させて世界に挑戦する考えから、最初から世界を意識したサービスを作る考えにシフトさせることです。
そういったサービスを作るためには、さまざまなバックグランドや文化、国籍など、多様な価値観を持つ人が集まったチームを作る必要があります。それがわかっていても実際には進まないのが日本のよくないところ。
Chatwork も開発チームの多国籍化を進めていますし、加えてこれまで中途採用だけでチームを組成してきたのを新卒採用にも取り組むことで、いろんな文化や価値観を“ごちゃ混ぜ”にしたい。
組織は昔ながらの文化を守り続けるのではなく、“違い”を前提に常にアップデートし続ける必要があると思っています。
硬直化しない、必要な技術をすぐに取り入れられる組織に
—— Chatwork のエンジニア組織はどのように変化しているのでしょうか。
僕が入社した 2016 年まで、エンジニア組織は CTO の下に各マネージャーがいるピラミッド型でした。それをアプリケーションやサーバーサイド、プロダクトデザイン、インフラといったスキル型の組織に変え、現在はチームで意思決定をしてプロダクトを磨く、機能別のプロジェクト型に移行しています。
とはいえ、一つの機能に縛ってしまうとチームを硬直化させてしまうので、他の機能との柔軟な連携や、チーム移動が簡単にできるようにして、いろんなキャリアマップを提示できるようにしたいと考えています。
—— 社内で進化できる状態が作れると、変化する世界に追随できる。
そのためにも、5 G や量子コンピューティング、AI、ブロックチェーンなど、そのときどきで自分たちに必要な技術をすぐに取り入れられる状態を作りたい。
Chatwork はコミュニケーションツールでもあって、5 G によってコミュニケーションの取り方は大きく変わっていくでしょうし、音声のテクノロジーもこれから飛躍的に進化すると思います。
そうした最先端技術を Chatwork のメインターゲットである、士業や、介護、建築など非 IT 企業の人たちが意識せずに使えて、働き方がもっと楽しく効率的になるプロダクトにしたいですね。
—— 国内利用者数 No.1*のビジネスチャットサービスですし、しかも非 IT 企業をメインターゲットにしているとなると可能性はたくさんありますね。
アメリカ大手のサービスとはターゲットが違うので、Chatwork ならではの進化の仕方があると考えています。 それができれば、行政や国全体の働き方を変えていく起爆剤になれるかもしれません。もちろん、デジタル化やビジネスモデルの早急な変化に対応しようとしている、あらゆる産業の企業に対して貢献できたら嬉しいですね。
自転車で日本縦断しながらリモートワーク
—— Chatwork は「働くをもっと楽しく、創造的に」をミッションに掲げています。Chatwork 自身の働き方も創造的なのでしょうか。
僕らは今が完璧だと思っていないので、オリジナルな働き方を常にアップデートしています。たとえば、現在は約 50 人のエンジニアが在籍していますが、岐阜、名古屋、大阪、広島、山口、鹿児島の自宅で働くフルリモートのエンジニアが9名いて、会議は多拠点でつなぐのが当たり前なんですね。
それだけでなく、リモートワークをしながら自転車で日本を縦断したエンジニアもいます。ある一定の時間をそう過ごしながら働けるのは Chatwork のユニークさ。海外で2週間リモートワークをした社員もいて、こうした働き方は部長からメンバーまで制限はありません。
また、「ゴーホーム制度」というのもあり、離れた実家への帰省を会社が支援しています。この制度を利用して帰省し、数週間地元である南の島でリモートワークをする社員もいました。
こうした働き方や楽しい制度をみんなで考えて作り、その上で働き方を楽しくするプロダクトを作っているので、一貫性があるんです。
—— プロダクトと働き方がシンクロしているのですね。
そうですね。ある程度自由な働き方をすると情報をキャッチアップしやすくなりますし、プロダクトへの思い入れも強くなる。
どんな働き方が生産性を高めるのか、人生を彩るのかを自分たちで考えて体現し、プロダクトに還元することで伸ばしていきたいと思っています。
ビジネスチャットツールは、これからキャズムを超える
—— 柔軟な働き方ができるからこそ進化できることがよくわかりました。春日さんが描いている Chatwork の未来を教えてください。
前職はリクルートなのですが、そこで僕の原体験となった出来事がありました。2012 年にホットペッパービューティーが「クーポン情報掲載サイト」から「ネット予約サービス」にシフトしたときのことです。
それまで、美容室やエステなどの予約は電話でするのが当たり前でしたが、それだと営業時間内に電話をする必要がありました。そこで、24 時間いつでもネットから予約できるようにしたんですね。
こうした大きな方向転換をするときは、さまざまな反対意見が出ます。そこで当時の事業部長が言ったのが、「人間は便利なものの進化には逆らえない」という言葉でした。今では、電話で予約していたのが信じられないほどネット予約が当たり前になり、事業部長の言葉通りの未来になった。
開発サイクルも進化しており、10 年前は Web システムを開発するのに数ヶ月が必要でしたが、昨今のアジャイル開発でそれが大きく短縮されており、今後は1日単位になっていてもおかしくないほど高速化しています。
これから進化の速度は今以上に早くなることは容易に想像できます。だからこそ、Chatwork は常に最先端の開発スタイルと働き方をキャッチアップし続けることで、進化の最先端にいたいと思っています。
「ビジネスチャットツール」は、感度の高い人や企業は当たり前のように使っていますが、国内事業社数(個人事業主含む)385 万社ある企業のうち、Chatwork を導入している企業は 24 万 2000 社以上(2019 年 11 月末日時点)なので、今後も高成長が見込まれる市場です。
これからキャズムを越えてあらゆる産業を変革し、世界に存在感を出す日本企業を一社でも多く生み出したい。もちろんChatwork 自身もその一社でありたいと思っています。
*Nielsen NetView および Nielsen Mobile NetView 2019 年 5 月調べ月次利用者(MAU:Monthly Active User)調査。調査対象は Chatwork で選定。